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BBKY-weeekly

画文業・ばばかよが小4双子と暮らし流れゆく日々のなか、何かしら記していきます。

穴あきの日々をほどく

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小2息子の長ズボンの膝や尻に空いた穴や破れの補修に追われる日々。つぎあては貧乏のマンガアイコンな上、2016年においては目立つため、穴の裏に当て布をし破れた穴の周囲をかがり縫いする手で対応している。かがり縫いの跡が、わたしの技量も響いて十分貧乏くさい。手縫いは苦手で1つの穴を補修するのに30分ほどかかってしまう。わたしの人生にズボンの穴を補修する時間が積もっていく。
精神科医の宮地尚子さんの『ははがうまれる』というエッセイの「ほどく」という1編をふと思い出す。宮地さんが実際に編み物をほどくワークショップに参加した経験から、作る・生産する方向でなく、日々のもろもろをほどきゆるめる感覚の大切さを見直すことができるのでは、という考察に魅かれた。日常をほどくのは簡単ではない。だからこそ比喩でなく“ほどく行為”によって心がほどかれる気がする。手元にほどくようなニットが見当たらない。

 
数ヶ月前から、双子の片方が学校でカッとなった相手に手が出て問題になっているらしい。担任の先生の話では、口ゲンカでウィークポイントを責める言葉で負けてしまう相手にうちの息子の手が出るのだそう。数ヶ月前から、いくつかの理由でダンナと別居して暮らし始めた。まず息子の暴行と父親との別居との因果関係が疑われるが、そうであったとしても同居状態に戻してはあげられないし、さて。

強く押したり、ひっかいてしまったり、顔を蹴ってしまったりと、今年に入って4度、痛い思いをさせたクラスメイトのお宅へ息子とふたりで菓子折り持参で謝罪に行った。こちらの落ち度をただただ深くお詫びしたけれど、そのうち2度は相手のお母さんが真顔で怒りに震えていた。「うちでは一度も子どもに手を上げたこともないのに」と。毎日毎時間ケンカ激しく、わたしもビンタをくらわしているうちの双子に、どう教えれば手出ししなくなるのだろうか。適当な言葉が見つからない自分が情けない。服にどんどん穴が空き不器用に補修している行為と、今の生活がほぼ一致しているようで気持ちが落ちる。穴の補修から離れてニットをほどきたい。

 子ども不在の平日の午後、所用で名古屋から上京する友人男子と、普段のA子&E子と会う約束をした。諸事情により場所は台場限定だが、夕飯には早い時間から会える。わたしは潮風公園でキャッチボールをやろうと提案した。意外にも全員いいね!の返事。ダンナが置いていったグローブと、わたしが自分用に購入した新しくてまだ堅いグローブのふたつを持っていく。昨年末に学校の少年野球チームに入団したばかりでド下手な子どものキャッチボールの相手を、たまにわたしがやっている。

友人男子が「実はすこし前に捻挫した足が完治しきっていない」というのも構わず早速キャッチボール開始。どういうわけか数メートル先で林家ぺー・パー夫妻が撮影しているのにも構わず、キャッチボール続行。全身濃厚ピンクの夫妻が寄り添うあまり、ひとつの固まりのようだなと白球を追う横目でちらり。気分上昇。男友達はさすが少年野球経験者で安定の送球&キャッチをしてくれる。おかげで、こちらが未熟でもほどほどのキャッチボールになり、短時間で少し上達。相手の投げた球を受け、自分が投げた球を相手が受けてくれる。互いが受容を繰り返す。ボールを交す度、次第に心が晴れていき何かがほどけた。今回はキャッチボールの相手が好きな友人ばかりだし、さらに動作でも肯定を伝え合えるのがたまらない。ポカリをぐびぐび飲むわたしに、お茶を選んだ友がポカリだったわ〜と笑う。我々が肯定しあう芝生、その名も「太陽の広場」を、海、レインボーブリッジ、東京タワー、ヒルトンホテルが囲む。この絶景広場がめっちゃ空いてるよ~!

今よりたくさん息子とキャッチボールをしよう。穴を補修する気力も少し戻った。

 

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